Beautiful days 1


女は俯いて、祈るように、川に映る夕陽を見つめていた。 昨日も、一昨日も、その前の日も、その前の前の日も。 晴れの日も雨の日も雪の日も風の日も。 こうして、もうどれくらいになるだろう。 日暮れ少し前に飯の買出しをして、それ …

Beautiful days 2


三郷に二店舗を構える大店・梅屋呉服店の紋は、丸に大入りの『大』の字を書くため大丸屋とも呼ばれている。 島之内の南支店を南大丸、堂島にある北支店は北大丸と言って親しまれ、サチはその北大丸の奥女中だった。 彼女を追ってきた男 …

Beautiful days 3


 「───おや。織部先生もおいででしたか」 座敷へ案内された滔々斎は、敷居際へ所在無さげに座っている織部を見てぺこりと頭を下げた。 それに織部は、いつもの困ったような笑みを浮かべて一礼を返した。  「滔々斎殿、無沙汰をし …

Beautiful days 4


 「…ホンマに、ええんですか」 誠は、進之丞を置いて一人帰ると席を立った織部を、土間まで追ってきて言った。  「ああ。俺はこっち方面の話は不得手じゃけぇ、居っても何の役にも立たんしな」  「そやのうて、紅寅さんのことです …

Beautiful days 5


 「うわ、積もっとるよ…」 進之丞は細く窓障子を開けて、うんざりしたように呟いた。 朝になっても薄暗い空からは、飽きもせずまだ雪が降り続いていた。 昨夜はさんざん裸で抱き合って、その間ずっと火を熾してあったから、今もまだ …

Beautiful days 6


薄鼠色の厚い雪雲はその中に時の流れを隠したまま、一日中どんよりと町を覆っていた。 夜の予感がひたひたと書斎を冷やし始めると、右近は書類に没頭している織部の傍らにそっと火鉢を寄せた。 その気配に、織部は筆を止めて顔を上げた …

Beautiful days 7


木を組んだだけの粗末な門の脇に、『地蔵長屋』の所以である小さな地蔵様が立っている。 この地蔵様を大切にしている長屋の住民たちは今日もお供えをしきちんと笠を被せていたが、降り続く雪に埋もれかけていた。  「ありゃ、お地蔵さ …

Beautiful days 8


 「紅寅が!?」  「しっ、声がデカい!」 仁太は自分が酉蔵にされたのと同じように、雷蔵の口を手で塞いだ。 息苦しさにその手を振り払った雷蔵は、小さく仁太を睨みつけて言った。  「〜〜〜お前それ、冗談やろ。寅屋の連中て若 …

Beautiful days 9


太助の屈託など知る由も無い雷蔵は、天満と違ってまだまだ明るいミナミに帰り着いた。 ミナミは夜の方が物騒なので、和泉屋が店表を閉めるのは明け方近くになってからである。 雷蔵が帰ってきたとき、ちょうど見廻りの第一陣が出て行く …

Beautiful days 10


重吉は伝八と同い年で、先輩と言っても実は伝八より一月ほど弟子入りが早かっただけのことだった。 伝八は風采こそ上がらないが職人としては真面目に修行を重ね、重吉より先に通い奉公を許された。 しかし重吉にはその外面の良さと口の …