巡情回帰 1
たとえば、春はふくよかな花の 夏は潤った緑の 秋は乾いた枯葉の 冬は澄んだ冷たい空気の─── そんな四季折々の色彩や香り、風景を眺めて癒されたのは もうどれほど昔のことだろう 頭を撫でてくれ …
たとえば、春はふくよかな花の 夏は潤った緑の 秋は乾いた枯葉の 冬は澄んだ冷たい空気の─── そんな四季折々の色彩や香り、風景を眺めて癒されたのは もうどれほど昔のことだろう 頭を撫でてくれ …
「…考えあぐねるて、他に選択肢があるんか?」 江波が去ったあと、進之丞がやや訝しげな顔で織部に訊いた。 「江波さんホンマは、貴之介に自分のところへ来て欲しいと思うておられるんよ」 「…ああ、」 それだけで進之丞には …
「勿体無い、か。…主家からの縁談を蹴ったとあっちゃァ無理もないわな」 敷き延べた布団を前に、家の二階の窓際で寝酒を舐めていた進之丞が、ふと零した。 「…進之丞、」 「分かっとったことじゃけど、ああもはっきり言われる …
貴之介のせいですっかり気まずい思いで寅屋に帰ってきた右近が部屋の襖を開けると、同室の藤野は行灯の前に正座し手紙を読んでいた。 「なんじゃ、また付文か?」 藤野は背丈も伸びて端正な容貌もだいぶ男らしくなり、最近ではここい …
翌日、いつもどおり朝稽古の時間を迎えた世良道場は、いつもより騒がしかった。 特にそわそわと落ち着きを失くしているのは、西町奉行所の同心たちだ。 それは今朝の稽古の場に、西町奉行櫻井直清が居るからというだけでは無かった。 …
「ああ、そりゃあ驚かれたことでしょう」 西町奉行所同心白倉多聞は寅屋の店先で茶を受けつつ、進之丞から今朝の稽古の話を聞いて笑った。 多聞は今朝出張から帰ってきたところで、今日の朝稽古には出ていなかった。 「奉行所の旦 …
(誘うたんはあいつの方じゃなぁんか…) 右近はふて腐れた子供のように、乾いた地面を蹴った。 直衣を送って行けと、貴之介が言う前に言うつもりではあったけれど、誘われてわざわざ出向いたというのになんだか後回しにされたようで、 …
「久馬、藤野───!」 亀吉の怒鳴り声で、巳之吉は目を覚ました。 帳場係は朝飯の支度や店を開ける準備があるため、巳之吉ら大工連中より早く起きる。 今まで寅屋で一番早く起き、帳場係の連中を起こすのは番頭の亀吉の役目だった …
「へえ、お前にそがん甲斐性があったとはね」 「目の前に居った悪党を捕まえるんが、甲斐性があるゆうんですか?」 「…違うがな」 貴之介から昨日の出来事を聞いて、からかったつもりが真面目に問われた織部は呆れたように笑っ …
織部の道場は、芸州蔵屋敷の者と寅屋や近所の町人だけで始めた当初に比べ、今は奉行所や他藩の者も通ってくるようになって侍が圧倒的に増えて、当然ながら稽古内容の水準が上がった。 それに町の人たちが気後れし始めたため、朝の遅い武 …