真夏の風花 1


その笑顔を見ていたいから 悲しませることはしたくない その笑顔を見ていたいけど 時には泣かせてしまうこともあるかもしれない けれど その涙を自分のために流して欲しい その涙の分だけ自分は必ず強くなる そして 決して離しは …

真夏の風花 2


 「大和の国の保昌貞宗じゃそうです、父上。優雅で品があると、褒められました」 進之丞は仏間の刀掛けに刀を置くと、仏壇に手を合わせて嬉しそうに報告した。  「そういえばお前に再会したとき、その朱鞘の印象がえらい強かったな」 …

真夏の風花 3


 「また降って来るな、ちぃと急ごう」 進之丞は空を見上げながら鼻をくんくんさせて、雷蔵と直衣を促した。  「紅寅さん、雨が来るの分かるの?」  「仁太にちぃとコツを教えてもうたんよ」  「便利やなあ。俺も今度教えてもらお …

真夏の風花 4


夕飯のあとも、寅屋の囲炉裏端にはまだ火が遺されていた。 もうすぐ執り行われる辰五郎と診療所のよねの婚儀の打ち合わせに、よねと和田家の両親、そして兄弘斎が来ているのである。 その話し声を少し遠くに聞きながら、藤野はそっと勝 …

真夏の風花 5


 「んで今日は、お姫様連れでミナミに何の用やった」  「あ、そうじゃった。姫が研ぎを頼みたい言うてて、俺も先日研いでもうたんでその礼をと思うてついて来たんです」 進之丞は、刀剣屋の親爺への礼にと買って来た酒の包みを指して …

真夏の風花 6


和田家一同が帰るとき亀吉夫妻も共に仕事を上がり、寅屋は既に囲炉裏端の火を落とし表戸も閉めていた。 亥次も誠夫妻もそれぞれ居室に戻って、朝の早い大工連中ももう寝んだか話し声が聞こえない。 静かな夜が訪れて、雨が屋根を叩くぱ …

真夏の風花 7


夜になっても止まない雨の所為で、窓を開けていても蒸し暑い風ばかりが入ってくる。 雷蔵はその重苦しい暑さに耐えかねて両肩を脱ぐと、苛々と冷酒を重ねる京治を見遣った。  「そない酒飲んで、暑うないの」  「阿呆お前、ヒヤやぞ …

真夏の風花 8


大坂の南には宗右衛門町、九郎衛門町、櫓町、坂町、難波新地の五つの花街がある。 それらは芝居小屋の並ぶ芝居町を取り囲むように形成され、芝居町の南側に九郎衛門町と櫓町、南東に坂町、南西に難波新地、道頓堀川を挟んで芝居町の北側 …

真夏の風花 9


 「いやあ、旨かった!万さん、ごっそさんでした」 進之丞は胸の前で手を合わせると、いつもより早く起きて朝食を拵えてくれた万太郎に礼を述べた。 共に朝食を終えた直衣も、同じように手を合わせご馳走様でしたと一礼した。  「ま …

真夏の風花 10


 「…なんやねん。まだ早いやないか」 雷蔵は眠たげな目を擦りながら、味噌汁を啜る京治の前に腰を下ろして口を尖らせた。  「早起きは三文の得と言うやろ。なんぞええことがあるかも知らんぞ」  「ふわあ」 父親の言うのを他所に …