紅葉はらはら 1


空が高く、天へ抜けるような秋の日だった。 その所為か陽が落ちて夜になってからは冴え冴えとした寒さが三郷を襲い、吐く息は白かった。 この時期は空気が乾いてくるため、火事が多くなる。 雨寅弐番組の男達は、駆け足で冬に向かう三 …

紅葉はらはら 2


 「お前はようもまあ、お姫さんばかり拾うて来るよなあ。もっとも、こないだのは男やったけど」 瓦町診療所の内科医師、和田弘斎は呆れたような感心したような声で言って、男前な笑みを見せた。 役者のような二枚目の癖に口の悪い男だ …

紅葉はらはら 3


 「起きとるか」  「俺は起きとる」 そう答えると、そっと障子が開いて弘斎が顔を覗かせた。 少し赤い目をした進之丞を、気遣わしげに見る。  「一睡もしとらへんのか」  「出来るわけなかろうよ」 進之丞が小声で苦々しく言う …

紅葉はらはら 4


 「これ、どがぁしたん?」 今は包帯を巻かれた葉の右手を指して、進之丞は気遣わしげに訊いた。  「ああ、これ。この間、おたみがお茶をひっくり返してしまったの」  「おたみゆうのは、女中か?茶をひっくり返しただけじゃのうて …

紅葉はらはら 5


瓦町の診療所に、本日休診の札が出たのは昼過ぎのことであった。 織部たちが来たのはちょうど午前の診療が終わった後だったから、昼に診療所の奥で起きた事件は誰にも知られずに済んだ。 きぬの死体が検死に運ばれると、進之丞は葉をよ …

紅葉はらはら 6


お前は姫様の側に居ろと言って、紀州藩邸への使いは弘斎が引き受けてくれた。 葉はやっと進之丞とお喋りが出来ると喜んだが、熱も下がりきっていないところへやはり精神的に動揺したのか、また少し具合を悪くした。 進之丞は葉に薬を飲 …

紅葉はらはら 7


寅屋は今で言う工務店のようなもので、家屋の普請はもちろん、橋や堤防、道などの公共物の土木建築作業も請け負っている。 公共工事の場合はその地区の惣会所から依頼が来て、火消人足を兼ねている鳶の連中などを小頭以上が指揮して作業 …

紅葉はらはら 8


昨夜あまり寝ていないしどうせ起きないだろうと思いつつ進之丞がまだ眠りの中にいる織部に声を掛けると、織部は意外にもすんなり目を覚ました。 驚く進之丞に、それでもまだやや眠たげな目で、織部は笑って見せた。  「西本願寺、寄る …

紅葉はらはら 9


今日は奉行*役宅の方へ通された進之丞は、昨日のことで紀州藩から何か言ってきたのかと内心気が気ではなかった。 しかし黒江はそのようなことは言っていなかったし、一体何事かと思いながら襖の外に膝を揃えて名乗った。  「御奉行様 …

紅葉はらはら 10


 「はあ。あの姫君様が、僕の姉上様におなり遊ばされるという訳ですか」 進之丞から話を聞いた藤野は勿論驚きはしたものの、どこか他人事のように言った。  「お前、兄上様から何か聞いておらんのか」  「事前に縁談相手の顔や家を …