宵待櫻 1


牡丹、水仙、紅梅、花桃… こんなに花を眺めたことなどあっただろうか 櫻色の着物を待ち焦がれるあの月のように 華やかな止まり木を探して飛ぶ鶯のように 温む風が春と共に君を連れてやってくるのを まだ咲かない櫻の木の下でひとり …

宵待櫻 2


 「なんか腹、痛いなあ……」 そう言うと、少しも同情する素振りのない醒めた声が即座に返ってきた。  「さっき昼飯ようけ喰っとったやないですか」  「…………」  「それに朝から飲んではった聞きましたで」  「…………」 …

宵待櫻 3


 「すみません」  「へっ」 いきなりの詫びに、進之丞は面食らったように誠の顔を見つめた。  「俺、紅寅さんが会合に出とうない理由、分かってるんです。せやけどさっきは久馬が居ったし、ああ言うしか無うて……」  「………… …

宵待櫻 4


三組惣会所の幹部および五印の小頭以上がずらりと揃う中、誠は一同の前で先日の失態を全て隠さず報告し、再度波に詫びを入れた。 本来なら顔合わせということで全員参加すべきではあったが、夜に火消がこぞって酒を呑んでいるわけにはい …

宵待櫻 5


酒宴も無事お開きとなり、今晩の会合は主催の寅屋にとって大成功を収めたと言って良かった。 中村屋の先代は結局ほとんど紅尾に目も呉れず、進之丞を大層気に入って自分の傍から離そうとしなかった。 他印の連中は曲者の隠居をやりこめ …

宵待櫻 6


紅尾が誠と出逢ったのは、進之丞が寅屋四代目の亥次に連れられて吉田屋に登楼したのよりも前のことだった。 初めて逢った時から誠を好いていた紅尾は、あるとき誠に何故自分を選んだのかと何気なく訊いた。 誠は一言『似てるんや』とし …

宵待櫻 7


嵐のような夜が明けて、進之丞もさすがに少し頭が混乱していた。 まずは芸州屋敷の件を誠に話すことが先決だったが、自分によく似た悲しい女をやはり放ってはおけない。 この町に縛られた彼女にしてやれることは少ないが、彼女が守りた …

宵待櫻 8


此処を訪れるのは、初めてだった。 幾度か前を通ったことはあったけれどその度心苦しくなって、いつも足早に通り過ぎていた。 門の所には紅尾が言った通り大きな桜の木が風に揺れている。 進之丞は少し感慨深げにその桜を見上げると、 …

宵待櫻 9


本当なら先日の会合の時にこの話が出来れば良かったのだが、紅尾の事情を思うとそれは仕方のないことである。 しかし誠の行動は早かった。 誠は江波と打ち合わせた事も含めて中之島警備に関する提案書をもう一度まとめ直すと、翌日には …

宵待櫻 10


 「いよう大将。お早いお帰りで」 すっかり日も高くなってから戻ってきた誠の背中を見つけると、進之丞はわざと大声で冷やかした。  「……おはようさんです」  「なにをぬけぬけと。もう昼時じゃ」  「すみません……」 さすが …