「米の炊き方?」
 「はい」
 「紅寅さんが?」
 「……ええ」
 「ええー?」

嘉吉があまりに驚いたので、進之丞は困ったように苦笑した。
 「そがん驚かんでも……」
 「あの辺、惣菜屋とかもありまっしゃろ。もし飯に難儀されとんやったら、手前が……」
 「いや、俺は一応あそこの門弟でしかも居候じゃし、それくらいはと思うて」
 「ああ、なるほど。せやけどなんでまた、わざわざウチへ?女将さんかてお台所されとりますやろ?」
 「あいつに弟子入りなんか、ようせんですよ」
 「まあ、照れくさいのも分かりますわ。……いやしかし、ご殊勝なことでおますなあ」
嘉吉は感心したように言って、頬を緩めた。
寅屋の紅寅が米の炊き方を教えてくれなどと言ってきたことは確かに驚きだったが、一方で進之丞がそういった筋目を立てる男だということは、嘉吉も知っている。

 「ほなら、飯と味噌汁からやってみましょか」
 「はい、よろしゅうお願いします」
進之丞は少し照れくさそうに頭を下げると、襷を掛けて嘉吉と共に厨房へ入った。


織部は昔から器用で、ちょっとした繕い物くらいなら自分で出来た。
江戸にいた頃には一時期藩邸ではなく道場に起居し、炊事、掃除、洗濯、風呂焚きなどもやっていたので、名家の侍でありながら家事一通りをこなすことが出来る。
一方進之丞はといえば、大工屋に居ながらのみが使えない男である。

再び織部と共に暮らすようになっても、進之丞は見回り番などがあって勤務時間が不規則なためいつも食事を共に出来るわけではない。
それでも一緒に夕食を摂れる日は近所の飯屋に行ったり織部が作ってくれたりなどしていたのだが、門弟で居候の立場である自分が、師匠であり家主でもある織部に飯炊きをさせるのはどうにも気が引ける──というのも、無くはない。

でも本当はただ、織部に家で温かい飯を食わせてやりたいのだった。
父子家庭で育った進之丞には、温かい食事を作ってくれる者が家に居ることが人一倍有り難く思える。
だから時々でもいいから織部に飯を作ってやれるようになりたかったし、自分が今まで持つことが叶わなかった『家庭』のようなものを、織部とあの家に求めたい気持ちが強かった。

そんな風に思う自分が照れくさい部分もあるし、春子に言えばからかわれるに決まっている。
それに織部は嘉吉の作る飯が好きで、その嘉吉の作る料理のうち一品だけでも覚えられたらと、我ながらそんな健気な考えで此処へ来たのである。


しかし案の定、出来上がったのは真っ黒く焦げ臭い飯とやたら塩辛い味噌汁だった。
犬も喰おうとしないのを肩を落として見ていた進之丞を、嘉吉も気の毒に思って見ていたが、食材は商売道具だからそう無闇に棄てる訳にもいかない。
嘉吉は進之丞にしばらく通いなはれと言って、その日は二人分の弁当を持たせてやった。


 「あれ?……これ、嘉吉さんの?」
 「……うん」
 「珍しいな、芝居町に行ったんか」
 「ああ、ちと野暮用で。ついでに寄ったら作ってくれた」
 「そうじゃったか。嬉しいな、久々じゃ」
 「……ほうか、良かった」
進之丞は内心ため息をつきつつ、それでも織部の笑顔を嬉しく見つめながら酒を注いだ。

 「……お前、何が好きじゃったっけ」
 「え?」
 「好物のことよ」
 「ああ、……魚、かのう」

魚はいいとして、もう少し『調理』の目標になるものが欲しい。
しかもこっそり修行して織部を驚かせたいという欲があったから、進之丞は努めてさりげなく訊いた。

 「魚かあ、好えね。……でも魚も色々あるわな」
 「うーん、どっちか言うたら白身が好えかな。前に嘉吉さんとこで喰わしてもうた鯛飯とか、旨かったなあ」